先日、クライアントの管理職の方とお話しする中で、こんなことをおっしゃっていました。

自分たちの時代は、たとえば仕事で失敗したり、上司に叱られたりしても、誰かと飲みに行ってグチったり、解決策を一緒に考えてもらったりして、次の日には切り替えていた。そもそも、辞めるという選択肢がなかった。今の子たちは、真面目な子ほどすぐに凹んでしまう。それがわかっているので、失敗しても慰めたり、叱るにしてもかなり気をつけているんだが、それでも休んでしまったり、最悪は退職してしまうこともある。心の立て直し方を教えてあげた方がいいのかなぁ…

 これに類することは、ここ何年も似たような相談(雑談)を、多くの管理職の方からいただきました。データも似た傾向を示しています。厚生労働省の「令和6年労働安全衛生調査」によると、仕事による強いストレスが原因で発病した精神障害の労災請求件数は3,780件、支給決定件数は1,055件と、いずれも過去最高を更新しました。仕事や職業生活に強い不安、悩み、ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合は82.7%にのぼるという結果も出ています(参考:T-PEC: 令和6年労働安全衛生調査T-PEC: 職場におけるメンタルヘルス対策とは?)。

 働く人の8割以上が、何らかの強いストレスを抱えながら日々を過ごしている。そう考えると、メンタル回復の力、つまり「レジリエンス」が、これまで以上に重要なテーマになってくるのは、ごく自然なことではないでしょうか。

レジリエンスとは何か

 レジリエンスは、もともと物理学の用語で、「外部から力が加わったときに、元の形に戻る力」のことを指していました。それが心理学に転用され、現在では、ストレスや困難に直面したときに、しなやかに立ち直る力、回復していく力という意味で使われています。

 ここで大切なのは、レジリエンスは「強さ」ではなく、「しなやかさ」だということです。岩のように頑丈で動じない、ということではなく、竹のようにしなって、また戻る、というイメージのほうが近いです。

 実はここを誤解している経営者も意外に多い印象を持っていて、「うちの若手はレジリエンスが弱い」と言いつつ、実際には「打たれても動じない強さ」を求めていることがよくあります。本来は「打たれて凹んでもいいけど、回復する力」なのですが。

 こういう論調もあります。ご年配の方とお酒の席を共にすると、少なからずこんな話題が出ます。

  • 最近の若者は心が弱い、それは、甘やかされてばかりで、叱られて育っていないからだ
  • 最近の若者は心が弱い、それは、飽食の時代で苦労を知らないからだ

たしかにそう見えても仕方ないかもしれません。ただ、そんな彼らもさらにその上の戦争経験世代からは、

  • これだから戦争を経験していない奴らは。。。

と言われていたと聞いたことがあります。

 要するに、自分たちの世代の常識から見れば、少なからず違和感はあるもので、理解できないものはネガティブな部分だけをみて否定してしまっているに過ぎません。

 私からみれば、経営判断を先送りにしたり、部下のせいにするのも、レジリエンスが不十分であることを自覚した行動だと思いますし、そもそも、他世代のことを悪く言い、理解しようとしないこと自体が、レジリエンスが不十分な人の回避行動だと感じます。

 こういった行動のすべては、不安回避・ストレス回避から生まれています。つまり、自身のレジリエンスが試される場面を本能的に回避している現象でもあります。

相対的にレジリエンスは弱くなっているのか

 よく言われる論調が、現代は「叱られにくい時代」で、学生時代からあまり叱られることがないので、レジリエンスが不十分になっているという論調です。たしかに、その視点は否定できません。

 ただ、上位世代の人たちがレジリエンスが十分な人ばかりかといえば、私はそうは思いません。さきほども申し上げたとおり、自分自身のレジリエンスが不十分と思っている人は、そもそも回避行動に出ているので、実は精神的に弱い自覚があって、レジリエンスを必要とする場面に至らないようにすり抜けるのが上手な方も多くおられます。

 一方、年代関係なく、働き方関係なく、この人はレジリエンスが強いと思う方も多々おられます。むしろ、若い方のほうが、趣味や人付き合いも多様でメンタルコントロールが上手な人(レジリエンスが強い人)はむしろ多いのかなという印象すら持ちます。

 よって、私自身の肌感覚としては、必ずしも弱くなっているとは思っていませんが、スマホ等で流れるニュースのパーソナライズ化の影響で、少しでもネガティブな記事を検索すると、そちらの記事ばかりが表示されやすくなる傾向にあります。SNSに目を移せば、誰かの一番輝いている瞬間ばかりが流れてくる。これを自分の日常と並べてしまうと、無意識のうちに「自分は足りない」という感覚が、じわじわと積もっていきます。情報過多の時代は、ある程度自分で気をつけないと、「不安」が増幅していく可能性があります。

 繰り返しますが、私は「メンタルが強い・弱い」と「レジリエンスが十分か不十分か」は似て非なるものだと思っています。レジリエンスを試される場面を上手に回避しつづければ、レジリエンスが不十分な人でもメンタルが強く見えます。こういう方は、立場・職場が変わって、いきなり心がやられてしまうことがあります。これは、回避しきれなくなり、レジリエンスが試され、それが不十分な結果、本質的に内在していたメンタルの弱さが露呈してしまったということなのだろうと思います。

 よって、「最近はレジリエンスが不十分な人が増えた」というよりは、「レジリエンスが試される機会が増え、かつ試される強度が上がっている」と捉えたほうが、実態に近いのではないかと思っています。

レジリエンスが十分な人の特徴

 仕事柄、いろいろなタイプの方とお会いしますが、「この人はレジリエンスが高いな」と感じる方には、いくつかの共通点があります。

 ひとつは、自分の感情を、自分の言葉で説明できることです。「今、私は焦っている」「これはちょっと悔しい」と、自分の状態を冷静に外から眺める力があり、そして、それを口に出しているように思います。

 もうひとつは、人に頼ることに、あまり抵抗がないことです。意外に思われるかもしれませんが、強い人ほど一人で抱え込まない。色々と相談をしながら解決していく傾向にあります。

 そして、自分なりの「戻り方」を持っていることです。落ち込んだとき、どうすれば自分が立ち直れるかを、なんとなくでも知っている。これが本当に大きいと感じます。

「自分なりの戻り方」を、いくつか持っておく

 レジリエンスが十分な人だと思う方の話を聞いていると、だいたい「自分なりの戻り方」を持っています。自分で言うのもなんですが、私も持っています。

 凹んだときに、色々と試行錯誤していくと、あぁこれだ!というのもが見つかるものです。レジリエンスが十分な人は、こういう引出しが多いように思います。

たとえば、こういった方法があります。ご自身に合いそうなものがあれば、試してみる程度の感覚で、いかがでしょうか。

  1. 日の当たる時間にランニングをする
  2. 森林浴
  3. 温泉でボーッとする
  4. ひたすら寝る
  5. カラオケで歌いまくる
  6. そういうとき用の再生リストを用意して、聴く。
  7. 紙のノートに、今の気持ちを誰にも見せない前提で書き出す
  8. スポーツ観戦
  9. 話を聴いてくれる相性のいい人と飲みに行く

 とてもブログでは書けないような戻り方を持っている人もたくさん知っていますが…(笑)どれが正解、というものではありません。

 自分なりの「戻り方」探してみてはいかがでしょうか?もし、部下の方で「戻り方」が下手だなと思う方がいるのであれば、「戻り方」を一緒に考えてあげるのも良いかもしれません。

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