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育児は孤独。こういう言葉はよく耳にします。私もこの言葉を耳にする中で二つの意味で使っている方がいるように思います。ひとつには、「話をきいてもらいたい(相談相手)」もう一方には、「一緒に育児をしたい(役割分担)」。これらを少し調査ベースで見ていきたいと思います。
下記の調査は孤独な子育ての虐待への影響を調査したもので、その中に相談相手という項目があります。
子どもの虐待に関するアンケート(2010年8月実施)
ここにもあるように、多くの人が相談相手と考えているのは友人または夫なわけです。これは母親を対象にした調査ですが、主夫を筆頭に育児に中心的に関わっている男性に調査をしてもほぼ同様の結果が得られるものと想定できます。
一方で、パートナーにどのように育児に関わって欲しいかの調査では、必ずしも時間的な負担を求めているわけではありません。
できる範囲で関わって欲しいという回答が一番多く、また、前回回答よりも増加しているのが特徴的です。もちろん、この背景には経済情勢のよくない中でパートナーに仕事をしてほしいという意思も含まれているものと思いますが、パートナーに求めているものは、時間的な負担ではなく気持ちの負担と捉えることもできます。
ただし、現実の社会で多くの男性が育児参加・イクメンという言葉を耳にすると、時間の負担ととらえてしまっています。これは上記世論調査の「育児参加できない理由」をみるとわかりますが、仕事のせいにしてしまっていることが多いのです。おそらくは下記のようなものでしょう。
- 育児休暇は簡単に取ることはできない
- 時短勤務はまず無理である
- 土日は仕事で疲れているから休ませてほしい
これでは、父親学級などの価値も「参加することが重要」といった姿勢になってしまいます。
実際、これらの調査や私の周囲の声からもわかりますが、多くの母親(特に主婦)は父親に時間的な負担は求めていません。求めているのは心の負担の分担です。心の負担は、夫婦がどのような生活スタイルであろうとも、それを分担する意識をもつことが重要だと考えています。一方、時間の負担は、共働き家庭なのか、父親が収入の中心なのか、母親が収入の中心なのかなどなど、条件によって育児負担のバランスは変わってくると思います。まずは心の負担(互いの相談やグチ・面白かったことなどの共有)をきっちりとすることがもっとも重要であり、時間的な負担はその過程で自然とついてくるものだと考えています。
「育児参加=休みを強いられる」とは考えず、「育児参加=話を聞くところから始める」と考えてみてはいかがでしょうか?
育児参加をしているかどうか不安であれば、まず、心の負担がきちんとできているかどうか?を考えてみるのが重要だと思います。
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