経営の”いい”スピード感と”見直したい”スピード感

めまぐるしく変わっていく時代、あらゆる課題にスピード感をもって取り組んでほしい。

 このようなスピード感を上げてほしいというメッセージが経営から発生されるのは、現代のビジネス環境において珍しくありません、というより、当たり前のことでしょう。私がサポートしているクライアント企業でも、様々な形でこのようなメッセージが発信されています。しかしながら、「スピード感を高めるために、具体的に何をすべきか」という議論が十分になされているかどうかは、だいぶ会社によって差があると感じています。

 スピード感を高めるためには、何かを削らないといけません。当然ながら、「時間」なわけですが、この時間の削り方が大きいと思っています。あえてラベルを貼るならば、組織の持続的成長につながる効果的なアプローチと、短期的には効果があるように見えても長期的には問題を生み出す可能性のあるアプローチに分類できるでしょう。

スピード感の捉え方の違い
  • 持続的成長につながるアプローチ: 本質的な議論や創造的プロセスを大切にしながら、真に不要な工程や重複作業を見極めて効率化する
  • 短期的効果に偏りがちなアプローチ: 即効性のある成果のみを優先し、一見非効率に見える中長期的な議論や人材育成の場を削減する

 この違いの核心は、「何を無駄と捉えるか」という視点にあります。たとえば、上層部への報告の場は維持しつつも、チーム内での自由な議論や創造的な対話の機会を減らしていくような組織では、長期的には課題が生じる可能性があります。言い換えれば、安心感を得るための形式的なプロセスは残しながら、すぐには成果が見えにくい本質的な議論の場を縮小するという傾向が見られることがあります。

 このような状況は、目に見えやすい短期的な課題解決には資源を投入する一方で、将来の競争力を左右する中長期的な課題についての対話や検討には十分な時間を確保しないという形で現れることもあります。

 ただ、実際には経営はそんなことは意図していないのに、各部門では短期的な効果を重視し、結果的に中長期的な議論が削られていき、もう流れは止められないという状況も目にしたことがあるので(止められるとは思うんですが…)、意図的にそのようなアプローチを選択しているとは限らないわけです。ただ、わかりやすく成果が見えやすく、説明がしやすいのは短期的なアプローチですから、何も言わなければ、部門がそちらを選択するのは自然の流れともいえます。

 これは、人材育成に関わる課題においても例外ではありません。むしろ顕著だと感じています。人材確保のための給与改善や福利厚生の充実といった、比較的短期間で効果が実感できる施策には積極的に取り組む一方で、組織風土の根本的な改善といった、時間をかけて取り組むべき課題への対応が後回しになりがちです。

 現在では、就職活動生向けの口コミサイトやコミュニティを通じて、企業の実際の働く環境や組織風土についての情報が広く共有されています。このような情報は、優秀な人材が企業を選ぶ際に、給与水準以外の面でも大きな影響を与えています。

「企業は人なり」の普遍的真理

 「企業は人なり」という言葉があるように、スピード感を考える際にも、人材の視点を忘れてはならないと考えています。

 どんなに自動化が進み、DXが推進され、世代間での価値観の違いが生じようとも、私は「企業は人なり」という本質は変わらないと確信しています。テクノロジーはあくまでツールであり、最終的に価値を生み出し、判断を下し、イノベーションを起こすのは人間です。

 私の経験では、企業全体を見たとき、一貫して人を大切にしている組織には特有の安定感があります。人材を重視しながら成長を続ける企業、業績が安定している企業、つまり外部環境の変化に対して強靭性を持つ企業には、共通する特徴があります。そこでは社員からの率直な意見や改善提案が自然に出てくる環境があり、それに対する社員の自己改善力と組織としての変革力が高い傾向にあります。

 このような組織では、日常的に「考える場」が大切にされ、自然と人が成長していく文化が形成されています。難しいことではありますが、人の成長に必要な時間と余裕を持つ企業では、議論が豊かで活発であり、社員の「関わり感」も強くなります。そのような企業では、長く関わっていくうちに、人材が継続的に成長していく様子を実感することができます。

 このような観察結果を企業の方々にお伝えすると、「そうでしょうか?」と驚かれたり、「そんなおべんちゃら言わなくても、冨山さんのおかげだと思ってるし契約は続けるよ(笑)」とか、なかなか素直に受け取ってもらえないことが多いのですが(後者は多少照れ隠しかもしれませんが)、子どもの成長と同様に、日々接している当事者には気づきにくい変化かもしれません。ただし、我々コンサルタントの立場で、複数の企業と関わる立場から見ると、そのような特徴が際立って感じられることがあります。

健全なスピード感のある議論文化

 経営はどうしても近視眼になりがちです。それはそれでやむを得ないことです。潰れてしまっては意味がないので。現実として、特に上場企業であれば、時価総額を意識し、ステークホルダーの信頼を勝ち得るための短期的な成果も必要です。四半期ごとの決算や様々な経営指標を重視することには合理性があります。

 しかし、そうした近視眼的な視点が加速化していきそうになったとき、「いやいや、それは違うんじゃないか?」という率直な声とともに徹底して議論し、より良い成案を得ていく—そういった健全な対話のスピードを上げようと積極的に取り組む企業も存在します。このような組織では、単に意思決定のスピードだけでなく、「より良い判断」に至るプロセス全体のスピード感が重視されています。短期的な視点と長期的な視点をバランスよく持ち合わせることで、持続可能な成長が実現されているんだと実感します。

 正直なところ、多くの経営者にとって、ここで書いたことは、「そんなことはわかっている」ということだろうと思っています。理想論だと思う方もおられると思いますし、そのコントロールが何よりも難しいということを、経営者のみなさんが何より痛感なさっていることと、私も、経営者の方々と話していて実感することです。

 だからこそ、実感に共感できる、自社社員の声に当たり前のように耳を傾け合える組織というのは非常に強いと思っています。

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次